開催レポート
茅葺職人・相良育弥さん「茅葺の今とこれから ~郷愁から憧憬へ~」

掲載日 2022年9月27日

茅葺職人・相良育弥さんが、久しぶりに武相荘の講座にご登場くださいました。
素晴らしいお話でしたので、ここで一部をご紹介させていただきたいと思います。
開催日: 2022年9月25日(日)

「茅葺き」——自然環境に恵まれた日本では、古来地域ごとに身近な植物が、便利な屋根材/建築材として活用されてきました。アシ、ヨシ、ススキ(一部ではワラ、ササ等)等、その歴史は伊勢神宮の屋根などにも見られるように、軽く1000年以上あり、日本人の暮らしと共に長い時間を経て、技術は成熟し、洗練されて来ました。

萱場の植物・小動物を紹介する相良さん

——しかし、近代から高度経済成長期にかけ、茅葺にとって異変が起こります。

工業が国全体の主流産業になると、道路交通網が整備され、トラックなどの輸送手段なども充実し、それに伴い、人の暮らし方、家の建て方も変わって来ます。屋根材は近場で調達する必要がなくなり、輸送可能になった「瓦」や、大量生産され手軽な「トタン」等、葺替えという面倒の無い新しい建材に置き換えられていきます。同時に地域からは萱場や、近隣の人々が力をあわせて行う葺き替えという営みも消えていきました。

——日本では、茅葺きが置き去りにされる流れが著しかったといいます。一方で世界を見渡すと、特にヨーロッパでは日本ほどには途切れることなく茅葺きが一般的な建材としての地位を守り続けました。さらに近年では、地球温暖化による水面上昇の影響などが深刻なオランダなどで一層の活用が加速しています。(スライドでたくさんの事例をご紹介下さいました)

しかしここへ来て、SDGsなどの意識が全世界的なコンセンサスとなり、社会全体での対応が待ったなしになっている中で、とうとう日本国内でも「茅葺き」への注目が高まって来たのを感じるそうです。しかもその度合いは、相良さんが職人になってから「これまでこんなことは無かった」というレベルで、茅葺きに対する興味や問い合わせが次々に寄せられる状況にあるとのこと。

茅葺きが注目を浴びている背景として、第一には
「植物を刈って、葺いて、使い終わったら土に戻す」
という、この無駄のないサイクルがあります。

「たとえばヨシならば、刈ってあげることでまた生長するのですが、植物が成長する時にCO2を固定するのと同時に、根本に枯葉が溜まらず流れる水の水質浄化にもなるんです」
「屋根としての役目を終えた茅は、昔から畑に撒いたり竹藪に撒いたりしていたのですが、研究で有用な菌(拮抗菌)があり、土壌改良剤・肥料としても有用なことが判っています」

先ほどのオランダの事例を見ると、非常に大規模な公共施設が茅葺きと一体で美しくデザインされ、その建物を望む景観は自然や水とのつながりを感じさせるものでした。これまでの近代的ビルディングとは一線を画す、新しい未来を予感させるようなものになっています。

そして今、日本でも今までにはなかったアイデアや構想に基づき、
茅葺きを活用した建築物のプロジェクトが進行中だそうです。
(スライドでは実際に動き始めている事業のいくつかをご紹介下さいました)
都市部でも身近に茅葺きに触れる機会が増えそうで、なんだか喜ばしく思います。

——しかし一息入れて、相良さんは首を傾げます。
「何が大切なのか、今、大真面目に、考えないといけない。
僕ら職人は、これからの茅葺きが、どっちがわになるかの、分水嶺に立っている。」

現在の茅葺きの流行状況には、一つの落とし穴が存在しているといいます。

「実は、オランダで使われている茅は、90%が輸入品、最大の輸入先は中国です。
結局あれほどの大きな建物を茅で覆うとなると、自給は不可能で、茅葺きが広範囲に大規模に活用されることが、逆に茅の輸入を常態化してしまっています。」

そして同じことが今、日本でも起きかねないと、相良さんは危機感を込めて訴えます。

「すでに食料では自給率の問題のハンドリングが難しくなっているが、それと同じような面もある。」

「細かな点では、茅は国を超える際に植物検疫があり化学薬品で消毒されることになる。食品ではないので薬品の規制もゆるい中で、それを職人が素手で躊躇いなく触ってよいものなのか?という疑問もある。」

茅葺きが注目される中で、今までになかったような数、規模での注文が入り始めているが、
近代から失われ続けて来たことで今の日本には、茅も萱場も、職人の数も足りない。
これを無理に進めれば、大地や自然と人との好循環としての「営みとして茅葺き」は意味を失います。

「茅は、そもそも一年に一回収穫したら、また一年かけて伸びる。
自然のサイクルと共にあるもの。採れる量もおのずと決まっている。」

「突然大規模の建築物、発注が来ても、国産の茅で賄うことは不可能です。ではオランダのように輸入で対応すれば良いのか? 例えば中国産の茅を1000束欲しかったら、今ここでスマホで注文すれば、すぐ手に入るという状況は目の前にある、しかし・・・」

確かに普及は大事で、相良さん自身、長年テーマとして取り組んでこられました。茅葺きを日本中に知らしめるインパクトも欲しいが、やはり、地域の暮らしや自然のサイクルとともに有るのが「茅葺き」なのであって、SDGsの観点から見ても輸入に頼るようになれば本末転倒と言えます。

「今が分水嶺」と言われるように、現状は日本の茅葺はほとんど昔ながらの、国産の形を保てている状況にあるそうです。
それが、ここへ来ての盛り上がりを契機に、なし崩し的に、輸入の茅に頼るような構造になってしまうのを非常に危惧している。相良さんは、自分達職人が、発注者や設計者にもその点をよく伝えて「茅葺き」であることを大事にしなければならないと言います。

「見た目と構造だけが茅葺き、というのは受け容れ難い。」

確かに、大きなイベントで壮大な茅葺きを見たら、我々は感動するかもしれませんが、それがどこか遠くの国から来た茅で、身近な自然との結びつきが感じられないのであれば、他の素材と同じ、巷に溢れている他のコンテンツと同じように一時的な流行で消費されて終わりでは、せっかく若い人も取り組み始めた本来の「茅葺き」を壊しかねないと言えます。

「今、踏ん張りどころで。
環境と共にあるべきという意味で、最低限、国産でやり続けるべきだと感じていて、
その役割を果たしていきたいと思っている。」

茅葺きの現場で出会い、時に仕事を共にし、心を通わせて来た方々を「おじいちゃん、おばあちゃん達」と紹介する相良さん。日本の各地で、おじいちゃん、おばあちゃん達が先祖から受け継ぎ大切にしてきた、自然や農業とともにある「営みとしての茅葺き」を、どれだけ足掻いても、後世へ生かしていきたいと、しみじみ語られました。

「二、三年後にもし、相良、あん時あんなこと言いよったのに、輸入の茅使うとるやん! ってなってたら叱ってください。もう本日の参加費は全額、お返ししますんで…」
終始ユーモアたっぷりで、笑いも絶えないお話会でした。
茅葺き職人、相良育弥さん 今回も有り難うございました。

お話会のレポート、以上となります。