開催レポート 第12回お能への誘いの会
「三井寺」
掲載日 2021年3月23日
「三井寺」をテーマに開催した武相荘の能楽講座のレポートをお届けいたします。
2021年3月13日(土)開催
講師 能楽師 シテ方喜多流 友枝雄人氏
講師 能楽師 小鼓方幸流 成田達志氏
解説・司会 青柳恵介氏(古美術評論家、五蘊会会長、觀ノ会発起人)
舞台となる三井寺について、青柳恵介氏による解説
- 三井寺は琵琶湖に程近い滋賀県の大津にある。
- 三井寺の鐘は三井晩鐘といって近江八景の一つに数えられているが、それはこのお能ができた時代より後のこと。
- 三井寺というのは通称で正式には園城寺という。園城寺は長等山という山の麓にある。お寺というのは山とセットになっている。この長等山は桜の名所でもある。
- 園城寺は、円珍というお坊さんが再興して大きくなったお寺。若くして優秀な人で比叡山で修行をしたあと遣唐使として唐に派遣され修行した。帰国してから園城寺に入り、このお寺を大きく発展させた。
- 比叡山延暦寺にはもう一人、円珍と同じように遣唐使として唐に渡り帰国した、円仁という優秀なお坊さんがいて、この人も様々な活躍をした。二人の仲は悪くなかったが、その後、弟子たちの時代になって仲違いをするようになり比叡山延暦寺を分断する原因になっていく。寺門派と山門派というふうに分かれて熾烈な争いをするようになっていった。
- 能「三井寺」にワキとして登場する住僧は、ものがたりの途中、「三位殿」と呼ばれているシーンがあるが、天皇から与えられる位でかなり高い身分。
ものがたりを追いながら、ポイント解説
- 主人公が子供を失って訪ね歩く能は、隅田川、桜川など他にもいくつか存在する。
- シテは「千満の母」、我が子を人買いに拐われた母親。
この人は、清水寺では観音様が夢でお告げをしてくれる、というのを知って、駿河国清見ヶ関から遠路はるばる京都に上り、清水寺を訪れている。そして、夢を授かるために清水寺にお籠りをしていると、「三井寺へ参れ」という霊夢を授かる。 - 清水寺の門前には夢合わせ(占い)をしてくれる人がいて、その夢の意味を教えてくれる。
尋ねる人に近江{逢う}、思う子を三井寺{見いでる}という意味だから、早速三井寺へ行きなさい。と教えてくれる。母親は喜んで、三井寺へ向かってたつ。 - 舞台は変わって、秋も半ばの三井寺。
住僧と幼い弟子が登場する。
他のお坊さんたちも一緒に、中秋の名月、十五夜の月見をしようと講堂の広い庭に出てきているところ。 - 能力と住僧とのやりとり(狂言で語られる部分)—— 能力というのはお寺の雑用をする人。
寺の近くに女物狂が来たというので、能力はそれを見たいと思う。しかしお寺はそもそも女人禁制なので、能力は住僧へ取り入って、なんとか狂女を通そうとするが、住僧には「そのようなものは無用」と重ねて断られる。しかし結局なんのかにの言いながら、狂女を庭へ通し入れてしまう。 - 後ジテの登場
狂女は、子供を失って錯乱してしまっている千満の母。印象的な橋掛かりのシーンとなる。
さまざまな言葉
- 滋賀の山越え —— 花の吹雪という言葉のとおり、桜の名所。
- 鳰の海 —— 鳰というのは琵琶湖に生息する水鳥、カイツブリのこと。現在でも沢山いる。
- ささ波や志賀辛崎の一つ松 ——「ささ波」は琵琶湖のまくら詞。
- 桂はみのる三五の暮 ——十五夜のこと3×5=15
- 詩狂 —— 辞書には無い言葉、良い言葉ですね。「狂」というのはある境地に至った状態をあらわしている。
鐘について
- 銘東大寺。形平等院。聲園城寺と申して。天下に三つの鐘にて候。とある。
- この鐘は秀郷とやらんの龍宮より。取り帰りし鐘なれば。
—— 藤原秀郷は平将門の乱を鎮めた人、西行の先祖でもある。三井寺の鐘には、秀郷がムカデ退治を成し遂げた際に龍宮からお礼として贈られた鐘だという伝説がある。 - 龍女が成佛
—— 当時、仏教の教えでは女性は成仏できなかったが、唯一、法華経には八才の龍女が成佛したという話があり、この鐘も龍宮から贈られた鐘なので、女性の成仏に通じる。 - 初夜の鐘、後夜の鐘、晨朝(の鐘)、入相(の鐘)
—— 一日の決まった時に鳴る鐘の、それぞれ時刻を表す。
初夜は20時、後夜は早朝4時、晨朝は朝8時、入相は夕暮れの日の入り - 鐘の段
—— 鐘を前にしての三井寺のクライマックスの部分を鐘の段という。
狂女の言葉に、頻繁にとりこまれた漢詩や古典
- 身分や知性を映している。
- 〈友枝〉能に出てくる狂女は、相手に対して引き下がらず、最後には必ず言い勝つ。
- 言い合っているうちに(狂女が)こんなことまで言うのかという驚きが生まれる。
鼎談より
友枝雄人氏(1)
- 能の中でも、狂女物というのは、演じるのが難しい。
- 三井寺のシテは「千満の母」とされているが、それ以外の本人に関する情報が無い。シテ方としては、ひたすら謡い込む中で存在を見つけていかなければならない。
- 狂女物には、悲しい気持ち—— 静 と、狂っている—— 動 があるが、この能はより静か。
静けさ透明感が全体を貫いていて、興奮というのはもちろんあるんだけれども、表現としては満月の下の静けさの中での静かな興奮。 - ストーリーは子供との再会だが、テーマは透明感のある近江の風景を、謡いとお囃子で作り上げていくところにあると思う。
成田達志氏
- 囃子方にとっては、一言で言えば最高の曲です。
- 静かである。ということも言える。どういうことかというと、たとえば能がはじまるところはシテが中央に立って謡うところから始まる。そういう能は他には無い。
囃子方は謡いが始まってから、その謡をあしらっていく。
気を使うのは「静けさ」を大切にすること。 - 後半の場面に入るところ、子方と僧が出てくるところ、ここはそれまでと違い大勢の僧侶と子供がざぁーっと出てくる。この場面には、子供を連れ去られている母親の悲しさは無い。この切り替えは難しいところ。
- お寺へ向かって後シテ(狂女)が出てくるシーンでは「一声」というものがある。
この表現は、その後に続くシテ方の謡いを誘う、重要な部分。 - その後の橋掛かり、狂女が山を越えてくるシーンの演奏はこんな風になります。
〜〜〜実演〜〜〜
この楽譜は他のお能にもある。全く同じ楽譜なんですが、
これが義経、屋島だとこんな風になる。
〜〜〜実演〜〜〜
お婆さん、小野小町だとこんな風になる。
〜〜〜実演〜〜〜
※楽譜が同じとは思えない! 表現の豊かさに、みなさん聞き入っておられました。 - この能の中で華やかなのは1箇所だけ。全体通して静けさが大切にされた曲です。一番盛り上げるクセの部分でさえ……普通は、だんだん盛り上げていってクライマックスなんですが、三井寺は、だんだん、静かになっていく。
- 見るところ、聞くところのいっぱいある曲です。
友枝雄人氏(2)
- 最後の最後、シテが舞台から袖に去っていくところで、そっと、鐘に目をやるシーンがあるんです。
そこまでのシーンで「鐘」ってものはどういうものかってのを、えんえん述べている。
しかし、自分がその鐘を撞いたことで、子供と出会えた。
最後の最後にその鐘に目をやるシーン、ここも見所の一つかなと思います。
鐘の段の実演と、小鼓演奏の体験
最後の30分は、お二人による「鐘の段」の実演をじっくり鑑賞させていただいた後、
成田達志さんによる、小鼓演奏の体験が行われました。
初めて目にする方も多い縦書きの楽譜をみながら能のリズムを楽しみました。
以上、武相荘お能への誘いの会12回のレポートとなります。
「三井寺」の美しさが想像される、感性を刺激される会ではなかったでしょうか。
ご参加の皆さま誠に有り難うございました。
友枝雄人さん、成田達志さん、両氏ご出演の舞台本番となる、觀ノ会第四回公演「三井寺~鳰の湖、照らす心~」は4月24日に東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂で開催されます。講演情報はこちらよりご覧ください。