第3回「武相荘 お能への誘いの会」レポート 成田達志氏・友枝雄人氏・青柳恵介氏

能面の無い能
お能といえば、仮面劇のイメージがありますが、今回テーマとなった「安宅(あたか)」は、面を着けずに演じられる曲です。面を付けないことを直面(ひためん)言います。

能曲「安宅」、主役は武蔵坊弁慶。
鎌倉幕府開幕の後、源頼朝は弟、義経の追討令を出します。都落ちした源義経の主従一行12名は一路、奥州平泉を目指しています。いま山伏の姿に扮して逃れる一行に差し迫る難関は、近頃まさに頼朝の命で築かれた「安宅の関」。関には悪名轟く富樫何某という関守がおり、昨日も3人の山伏を斬ったといいます。——ここから物語が始まります。

安宅のように、生きた人間を主役にし、時間の流れに沿って演じられる曲は「現在能」と呼ばれ、世阿弥が完成させた「夢幻能」(第1回の「松風」第2回「忠度」)と対比されます。ナビゲーターの青柳さん曰く「ある人によると、安宅は、能のギリギリ。能のなかでは最も芝居に近い。」そんな風にも言われる曲だそうです。

1.勉強会(2016年7月1日開催)

後日開催の「安宅」の出演者から、シテ方の友枝雄人さんと小鼓方の成田達志さん。ナビゲーターとして青柳恵介さんをお迎えしての開催です。

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まず本会へは初登場、小鼓方幸流 成田達志さん。
「普段は関西におりまして、よくしゃべるんですが、舞台の上では『ホゥ』と『ヨーォ』と『イヤァッ』しか言いません。」——そんな自己紹介で笑いをとりつつ、能における囃子(はやし)について、楽しくわかりやすくお話してくださいました。
「能は語りによって成り立つ演劇です。謡がその語りをするわけですが、実は笛の演奏や小鼓の演奏もそれぞれの語りをしていて、その語りが重層的に重なりあって、より深い、能楽の語りとなるのです。」
道具の面では、鼓は非常にデリケートなところもあり、気候や曲によって使い分けられているというお話もありました。

青柳恵介さん。毎回、紙芝居のように楽しく、能曲のストーリーと、歴史を紐解いてくださいます。
「源平の合戦で活躍した源義経については平家物語に詳しいんですが、実は、弁慶っていうのは、あまり出てきません。弁慶が活躍するのは義経記という物語の中、室町時代以降に注目されるようになったのです。」
また能楽師のお二人へは、鋭い質問で、テーマを深く掘り下げてくださいました。

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喜多流シテ方 友枝雄人さん。
弁慶を演じられるのは今回が初めてという雄人さん。青柳さんからの問い「安宅には、人によって解釈が分かれる部分(関守の冨樫は、最後には義経一行を通してしまうが)富樫はどうして、どう思って一行を通したんでしょう」に対し、
「それはどのように思っていただいても良いと思います、義経・弁慶の一行を、なぜ通したか?その冨樫の気持ちは、役者同士でも話し合うということは無いです。
そういうのは決めてしまうと不粋、というか。」
富樫は弁慶一行の迫力に気圧されたのか、
弁慶の心意気に同じ男として同調したのか、
それとも・・・
これは本番の見どころになりました。

謡の実演
今回は豪華! 友枝雄人さんの謡いに、成田達志さんの小鼓。
関所を強行突破しようとする家来たちを弁慶が抑えるシーンからの一調を聞かせてくださいました。美しい響き、迫力です。

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質問コーナーでは、お能の発声方法に関する質問があり、雄人さんから「話声とはまったく違う、音の出し方」という印象深いお答えがありました。
その後、ディナー懇親会へ続きまして、お三方を交えてとても楽しい時間を過ごしました。

2.観劇(五蘊会二十周年記念公演「安宅」- 2016年8月27日開催)

まず冒頭、ワキである富樫(安宅の関守)が登場します。
着物がヒョウ柄のような崩れた菱模様?で、烏帽子さえ妙にかたむいています。これは厄介な奴が出てきたなと、非常にものものしい不穏な雰囲気を感じさせます。

一方12人の弁慶一行は、薄い紺地の衣装と、浅葱の衣装で次々登場、山伏といえどもお能らしい清潔感があり、先ほどの富樫とのコントラストが美しかったです。

山伏姿の一行が、舞台に姿をあらわすと、能舞台はぎゅうぎゅうです。
能の舞台表現は、空間を間(ま)として広く取り生かすイメージがありましたが、
安宅では、役者の体が舞台装置のようになり、非常にダイナミックな動きで見せます。

特に、クライマックスの、一斉に動く家来と、それを弁慶が1人で抑えるシーン(武相荘でも謡いと囃子を実演)の躍動感は、見ものです。

緊張の関所を通過すると、うってかわって静かな場面へ。
休んでいる一行の前で、弁慶がこれまでの道行き、苦労を謡い上げます。
弁慶以外は、座っている家来達がいるだけの場面なのですが、不思議と皆の気持ちが伝わってくるような気がしました。

誰もが頭の片方では前途多難であることを分かりながらも、主君を信じて進んで行くことを心に決めていることがわかります。じんわりと感動的でした。

その後、またもや富樫が現れます。
「先ほどはすまなかった、国のうまい酒を持って来たから飲んでくれ」と、追いかけて来たのです。——好意からなのか罠なのか、弁慶は返礼をし、そして最後は富樫を含む全員の前で、男舞いを披露します。

いわゆるステレオタイプの弁慶のイメージ、男臭いイメージからすると、とても雅で美しい舞だと思いました。舞をたしなみとした昔の方々にとっては、リアルなことなのかなと、思いを馳せました。

直面で演じられる、雄人さんを初めとする役者さんの視線は、
舞台/客席のどこにも無い場所 ——始終、物語の中を見つめており、
観客の自分たちは存在を消されてしまうような、妙な気持ちになりました。

今回も、武相荘での会を通して、より楽しい観劇になったと思います。
「能のギリギリにある」という安宅を見ると、逆にお能という芸能の輪郭をつかみやすくなり、楽しみ方が深まるのではないかと、そんなことを思いました。

「お能への誘いの会」またの開催に、ぜひぜひご期待ください。